対象疾患と治療

大動脈疾患

大動脈の病気には、主に3種類があります。ひとつは老化現象である動脈硬化が原因となって大動脈が徐々に膨らむ大動脈瘤。二つ目が大動脈の壁に裂け目が生じる大動脈解離。三つ目が何らかの経路で血液中に侵入した細菌が大動脈壁に感染して発生する感染性大動脈瘤です。また交通事故など重症外傷で大動脈に損傷が起きる場合があります。



1.大動脈瘤

大動脈の正常な太さは部位によって異なりますが、上行大動脈で3から3.5cm、胸部大動脈で2.5から3cm、腹部大動脈で2から3cmです。加齢とともに大動脈は徐々に拡大します。拡大すると血圧が同じでも大動脈壁にはより大きな力が加わるようになり(ラプラスの法則といいます)、さらに拡大が進みます。

大動脈瘤ができても多くの場合自覚症状はありません。しかし大動脈瘤の大きさが4cmを越えると、徐々に破裂の危険がでてきます。破裂してしまった場合、突然の大出血から死に至ることもあり、またショック状態で病院に担ぎ込まれる場合もあります。また時には瘤にひび割れ程度の破裂がおこり、しみ出すような出血のこともあります。この場合、胸や背中、腹部に痛みがあります。

瘤が破裂していない場合、胸部大動脈瘤で5.5cm以上、腹部大動脈瘤で5cm以上では、全く無症状であっても原則として手術治療をお勧めしています。しかし、あくまでも破裂を予防する手術であり、手術によって身体の調子が良くなることはありません。入院手術により、体力は一時的には落ちてしまいます。お身体全体の状態、年齢などを考慮し、最終的には患者さん本人、御家族と相談し手術を決定します。

瘤が破裂している場合、手術しなければ救命は困難です。緊急手術をお勧めします。



胸部大動脈瘤に対する治療-開胸人工血管置換手術


胸部大動脈瘤に対する治療-ステントグラフト治療


腹部大動脈瘤に対する治療-開胸人工血管置換手術


腹部大動脈瘤に対する治療-ステントグラフト治療



2.大動脈解離

急性大動脈解離は、突然起こる胸、背中の激痛が特徴です。大動脈の壁に裂け目(解離)がおこり、大動脈破裂、大動脈弁の逆流、大動脈の分枝閉塞などの合併症が起きると生命が危険です。

心臓の近くまで解離が及んでいる場合は、緊急手術で解離した大動脈を人工血管に置換します。心臓の近くには解離が及んでいなくても、大動脈破裂や分枝閉塞を合併している場合は、緊急でステントグラフト治療を行います。

幸い、致死的な合併症を起こさずに自然に症状が治まると、解離が吸収されて自然治癒する場合もありますが、解離が残り、慢性大動脈解離となる場合もあります。解離した大動脈壁は正常な大動脈壁より弱くなっており、徐々に拡大し、解離性大動脈瘤を形成する恐れがあります。拡大を予防するため、ステントグラフト治療をお勧めする場合があります。また通常の大動脈瘤と同様、拡大した場合は破裂の危険があり、開胸、開腹での人工血管置換手術をお勧めします。


急性大動脈解離に対する緊急手術(上行弓部大動脈人工血管移管術)


急性大動脈解離に対するステントグラフト治療


解離性胸腹部大動脈瘤に対する手術



3.感染性大動脈瘤

細菌が血中に侵入する入り口としては、虫歯、歯槽膿漏、大腸の病気、膀胱炎などがあります。敗血症となり高熱が続きます。感染性大動脈瘤は破裂しやすく、大動脈瘤と敗血症の治療を同時進行で行わなければならず、致命率の高い重篤な病気です。感染した部分に人工血管置換を行うと、さらに人工血管に細菌感染が発生する危険性もあります。抗生剤を点滴投与するだけでなく、抗生剤を付着させた人工血管を使用したり、感染を抑える力を持つ腹部の大網という脂肪組織を人工血管に巻き付ける処置を追加したり、身体の抵抗力を落とさないようにステントグラフトを使用したり、様々な治療の工夫があります。



4.外傷性大動脈損傷

交通事故や転落により身体に強い衝撃が加わったとき,胸部大動脈が破裂してしまう場合があります。胸のなかで大出血し事故直後に亡くなられてしまうこともありますが,周囲に血腫を形成し,一旦出血がおさまった状態で病院に搬送されることもあります。他部位に重症外傷を認める場合が多く,低侵襲なステントグラフト治療が適しています。



われわれは、大動脈疾患の治療として、従来の開胸、開腹による人工血管置換手術に加え、低侵襲なステントグラフト治療を積極的に取り入れています。